日本の栄養研究

 日本の栄養研究は、実は世界の中ではけっこう先進的でした。佐伯矩が栄養研究所を開設したのは1914年(大正3年)ですが、これは世界初のことです(ちなみに最初の名称は「営養研究所」)。殖産興業や富国強兵が国の重要政策ですが、低栄養と脚気や結核の蔓延で特に若い世代が次々倒れていて、それを何とかしなければ、ということが設立動機だったそうです。佐伯は専門の技術者養成機関設立を国に望みますが「私財でなら、勝手にやってよろしい」と言われ、25年(大正14年)「栄養学校」を開校します。最初の卒業生(はじめは「栄養手」と呼ばれたそうです)は15人でした。  栄養士は日本各地で活躍していましたが、彼らの活動や資格に法的根拠が与えられたのは戦後、47年に栄養士法が制定されてからです。第一回国家試験は49年。62年に管理栄養士が誕生します。現在日本栄養士会に所属する人は6万人だそうです。ますます活発な活動をして欲しいところですが……今の日本にはびこる「栄養に関する迷信」、それも商売がらみのものを何とかする啓蒙活動もやってほしいなあ。
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